サンバ
アメリカのジャズや、カリブの国のサルサと同じように、サンバはブラジル音楽の代表のリズムで、アフリカから奴隷としてブラジルに連れてこられた黒人たちのリズムの影響を受けて生まれました。始めはダンスを踊る時のリズムでしたが、後にメロディーや歌詞が付いてだんだん現在の形の音楽になったものです。
始めは「センバ」(アフリカの言葉)「ウンビガーダ」(ウンビゴはおへそのこと。おへそを突き出して踊るのでこの名前が付いていました。)「ダンサ・デ・ホーダ」(輪になって踊る)「ルンドゥ」「バトゥカーダ・エ・パルチード・アルト」などと言った名前で呼ばれていました。儀式的な集まりで主にバイーヤで演奏されていたものが、20世紀の初め頃にリオ・デ・ジャネイロに伝わり、現在のサンバの様式になりました。
サンバ・カンサォン
50年代に生まれたサンバ・カンサォンは、サンバと同じ様式ですが、ボレロやチャチャチャの影響を受けていて、歌詞が優しい愛の歌を歌っているのが特徴です。
ボサノバ
50年代の終わりにリオ・デ・ジャネイロの中流家庭の若者間から生まれたスタイルで、ルーツはサンバと同じ所から来ているのですが、その頃に当時流行っていたサンバに飽き足らない若者達が、自分たちが納得する音楽を追求して独自のスタイルを生み出したのが始まりです。ちょっと洗練されたコード・シンコで、音楽の殿堂カーネギーホールで行われたブラジル音楽を紹介すると言う伝説的なのコンサートの後、アストラット・ジルベルトがボサノバの曲の中でも一番知られている「イパネマの娘」を録音し、フランク・シナトラが取り上げたことで世界的なブームになりました。「ボッサ」はポルトガル語で潮流・傾向、「ノーヴァ」は新しいと言う意味です。ボサノバのリーダーはご存知アントニオ・カルロス・ジョビン。
バイヤオン
サンバのリズムのバリエーションはブラジルに多数ありますが、バイヤオンはその内の一つで一種の民謡=レジオナル・ミュージック(地方色の強い音楽の総称)に当たります。
ブラジル北部の音楽は40年代半ばに、バイヤオンの巨匠ルイス・ゴンザガによってポピュラーになりました。
歴史家によれば、北部の人達がダンスをする集まりで、「ルンドゥ」(一種のサンバ)を特殊な10弦のギターを演奏する中で生まれました。
ブラジルにはレジオナル・ミュージックとして他に南部の「ハンシェイラ」ミナス・ジェライスの「カランゴ」、パンタナル地方の「シャマメ」などがあります。
マルシャ・ハンショ
マルシャ・ハンショはバイーヤ地方のクリスマスのダンス音楽として生まれました。
ポルトガルのメロディーをベースに「シュラス・バイアナス」と言うアフリカの影響を受けたリズムがミックスされたものです。
20世紀始めにブラス・バンド(アメリカで言うデキシーランド・バンド)がカーニバルの行進の時に、このマルシャ・ハンショを演奏するようになってから、広く知られるようになりました。