生活の中のブラジル音楽
ブラジル音楽は裾野が広いといつも思う。ブラジル人の集まりでは自然とそこにギター(ヴィオロン)が登場し、つま弾かれ、人々が歌を口ずさむと言った光景に出会う。彼、彼女達はもちろんプロではないのだけれどギターのレパートリーも広くて、流行の曲らしい、誰かの「ヘイ!今度はこれを歌おうぜ!」なんて感じのリクエストにもどんどん応えて演奏してしまう。きっと、新しいお気に入りの曲が出てきたら、直ぐにコードなんかも研究して、いつでも歌えるように日々ギターを抱えて暮らしているんだろうなぁと想像してしまう。それがまた素人の私が聞いている限りではみんな上手い人ばかりな上に、10人でも人が集まればその中に2-3人はそんな人が必ず居るのでびっくりするし、その場にギターがなければリズムだけでも歌の和が広がっていく。
日本でもカラオケが広まってからは皆で歌を歌う機会も多くなったけれど、こんな風に「自然と音楽が入り込んでくる」感じは無いなぁと思う。もしかしたら、昔の民謡なんかが普通に歌われた時代の方がこんな感じに近かったのではないかしら?歌謡曲が全盛になってきたあたりから、今までの伝統の音楽とかけ離れていた為に音楽が”参加する物”から”聞く物”になってしまったのではないかしら。人はやっぱり歌うのも楽しむのも大好きだから、偉大な発明「カラオケ」が世界中何処でも愛されるようになったのは自然のことなんだと思うけれど、人が集まって自然と流れ出る、ブラジルのあの「生活の中に溶け込んでいる音楽」の感じはやっぱり何処かが違う。
皆の歌声の中に埋もれていると、既に無くしてしまった何かがブラジル音楽の中にはまだ残っているような気がすると思う。こんな事を感じているのは、私だけかもしれないですが。
ユキーニャ